全然わかってないやろ!

もう一人、忘れられない女の子がいます。

私が担任をした子です。

勉強は苦手。

勉強を始めると、意識が遠くなっていくような子で(笑)。

でも、部活ではキャプテンでした。

チームが強いわけでもない。

彼女自身が、ものすごく上手なわけでもない。

でも、頑張っていました。

そして、彼女が一番すごかったのが、給食の時間。

給食を配るのは当番の仕事です。

おかずを分ける。

これは誰でもできます。

でも、

こぼしたおかずをすぐ片付ける。

食器をきれいに並べる。

台をサッとふく。

しかもみんなが食べる準備ができて

「いただきます!」という直前にササッとしてしまう。

こういうことに、彼女は一番よく気がついて、

しかも、動くのが速い。

「すごいな、こいつ!」

私はそう思っていました。

ところが、ある日、気づいたんです。

彼女には、お母さんがいませんでした。

家では、お父さんと弟の洗濯をしていた。

ご飯の準備もしていた。

だから、自然と気づく。

自然と動ける。

そういうことだったんです。

もちろん、お母さんがいないことは、私は知っていました。

でも、

「知っていただけ」

だったんです。

その子が毎日、家でどんな生活をしているのか。

そこまで考えていなかった。

ある日、それが私の中でつながった。

「ああ……そういうことだったのか」

と思いました。

すると、それまで

「すごいな!」

と思っていた彼女の動きが、急に切なくなった。

そして、

「この子に幸せに生きてほしいな」

と思いました。

美人だから、とか。

スタイルがいいから、とか。

お金持ちだから、とか。

なんとなく気が合うから、とか。

そんな、よくある基準で、この子を見てほしくない。

この子が、こうやって生きてきたことまで知って、

「それも全部、お前なんやな」

って言ってくれる人と、幸せになってほしい。

そんなことを思いました。

たぶん、この頃からです。

人をちゃんと見るって、どういうことなんだろう?

と考えるようになったのは。

こうして考えてみると、

銭湯での父から、

「いざとなったら、自分が守る」

ということを教えてもらい、

美術の時間のことで、私が決めつけていた不器用な少年からは、

「自分が見えているものだけが、その人の全部じゃない」

と教えてもらいました。

給食の片付けをする女子からは、

「その人の行動の後ろには、その人の暮らしがある」

と教えてもらったんです。

それなのに私は、その後も、何度も何度も、

「わし、まだわかってないな」

と教えられてきました。