
中学生に将来の夢は?って聞くと
ほとんどの場合、「サッカー選手」「公務員」「ネイリスト」など
職業を答えます。
そんな時に
「それは職業だよね。本当はどうなりたいの?どうありたいの?って聞いた方がわかりやすい?」
と、聞き返します。
すると、
「出会う人を笑顔にできる人になりたい」
「友達を大切にできる人でありたい」
「障害を持っている人が生活しやすい社会を創りたい」
などと、ちゃんと考えていることがわかります。
考えていなかった人も、友人の答えを聞いて
「自分は・・・」と考え出します。
ちゃんと質問すれば、考えている。
でも、職業を答えてしまうのは、それを聞く側の大人が求めているからかもしれません。
どうなりたいとかという「形」のようなものは
私の場合こだわってなくて、
たとえば
年間にいくら収入が合ってとか、
何回講演してとか。そんなのは気にしてないんです。
もちろんそうやってどんどん成長している人のことを
とやかく言うつもりは全くなくて、
むしろすげ~!って思ってます。
それなのに、「自分をあきらめない」って
なんか変ですよね。
多くの人が「あきらめない」をお金とか、地位とか立場と考えることが多い?
からだと私が思い込んでいるのでしょう・・・
私は、自分のことが好きな人が増えること。それは今の自分だけじゃなくて、
過去のダメな自分も含めて愛おしく思える。そんな人が増えること。
波紋のように自己信頼が広がっていくこと。それが私のすることです。
私の場合は、自分の変化を「あきらめたくない」
もちろんいい意味での変化です。
そんな気持ちは、たぶん死ぬまで持ち続けるんだと思います。
でも、どういう状態が「人生の完成形」なのか?
その質問に1番困る。答えはないから。
もがきながら、迷いながら、失敗しながら、
それでも自分をあきらめずに生きていく。
自分に酔っている?かも・・・
でも、そろそろ山田も無理だろ?って思われると
やる気が出たりする、今までの人生でした。ヤバい?
そんな生き方そのものが、
山田匠なんじゃないかと思いたいですねー。