失敗の中に隠れていた、私の人生のバトン

【DAY5 失敗の中に隠れていた、私の人生のバトン】

私はこれまで、たくさんの失敗をしてきました。

人を傷つけたこともあります。

自分の未熟さに気づかされたこともあります。

「なぜ自分にこんなことが起こるのだろう」と、苦しんだこともありました。

その時の私は、ただ目の前の出来事から逃げないことで精一杯でした。

でも、時間が経った今だからこそ、気づくことがあります。

あの出来事たちは、失敗の顔をして、私に何かを伝えようとしていたのかもしれません。

教員になって2年目。

ある日、二日酔いの状態で出勤したことがあります。

頭は痛い。

喉は渇く。

考えることも難しい。

教師としては、とても褒められる状態ではありませんでした。

そんな私を待っていたのは、いつも通りのやんちゃな生徒たちでした。

授業でも、なかなか集中できません。

普段なら、厳しい顔で叱っていたと思います。

でも、その日は叱る気力すらありませんでした。

だから私は、

「そうなんだ」

と、生徒の言葉や行動を受け止めていました。

すると……

生徒たちの表情に、少しずつ微笑みが増えていったように感じました。

最初は戸惑っていた生徒たちも、

「この先生は受け止めてくれる」

と感じたのか、少しずつ自然な笑顔を見せてくれるようになりました。

その時、気づいたのです。

私は「正しくさせること」に一生懸命になりすぎて、目の前にいる人を見ることを忘れていたのではないか。

生徒を変えようとしていた私が、
生徒によって変えられた瞬間でした。

あの日の生徒に、今なら言えます。

「ありがとう」

私は、成功した経験だけに育てられたのではありません。

失敗した時。

迷った時。

自分の未熟さに気づいた時。

そして、そんな自分に向き合ってくれた人たちとの出会いによって、少しずつ育ててもらったのだと思います。

人生の中で起きた出来事は、すぐに意味が分かるものばかりではありません。

でも、時間を重ねた先で、

「あの経験があったから今の自分がいる」

と思える瞬間があるのかもしれません。

人生には、満月のように自信に満ちた時もあれば、何も見えない新月のような時もあります。

でも、見えないからといって、なくなったわけではありません。

月が見えない夜にも、月が存在しているように、

私たちの中にも、変わらず存在しているものがあります。

私は、自分自身の人生を信じるということは、

まだ見えていない自分に、もう一度会いに行ってみることなのだと思います。

私は人生を変えたのではなく、

人生に隠れていた意味を、少しずつ見つけてきたのだと思います。

ここまで逃げずに歩いてきた自分を、今は少しだけ誇りに思います。

そして、

途中で何度も声をかけてくれた人たち。

諦めずに伝えようとしてくれた人たち。

失敗という姿で、私に気づきを与えてくれた出来事たち。

すべてに「ありがとう」と伝えたいと思います。

私が受け取ってきたバトンを、今度は誰かへ渡していくために。

あなたの人生にも、まだ見つけていない意味があるかもしれません。

まだ見えていない自分に、もう一度会いに行ってみてはどうでしょう。