
幼稚園の頃、誰も迎えに来ていないのに、
「あそこにいるのに見えんの?」と言い張った自分。
「わしは正しい!」の塊でした。
小学校に入って、詩を書いたときも、「詩は書かされるもんと違います!」と先生に豪語したし。
でも、高校生になる頃から、私はその感覚を隠した方がいいと思ってしまいます。
どう思われるかが気になって・・・自分に自信がなくなった。
「そうやな」と相手に合わせて、自分をごまかすことも増えてしまう・・・
ますます、自分のことがどんどん嫌いになっていきます。
そんな私が教師になって間もなく、ある校長先生から、
「私の最大の仕事は、何もしないことだ」と聞きました。
校長になると、新しいことをやりたくなる。
でも、自分がいなくなった後、次の校長が困るかもしれない。
だから、前の校長から引き継いだものを、そのまま次の人に渡す。
だから何も変えない。それが自分の仕事だって!
ビックリしました。
正直に言えば、軽蔑もしてしまいました。
「それなら、あなたが校長である意味はどこにあるんだ?」
前任者でも次の校長でもない。
目の前の子どもたちのために仕事があるって思ってましたから。
でも、その話を先輩方にすると、意見は半々だった。
「その校長の考え方も分かる」という人もいたことにまたビックリ。
その人たちには、職員からの反発や地域からの批判、子どもたちへの責任。
そして、「自分のやろうとしていることは、本当に正しいのか」という不安。
そんな気持ちを抱えて、新しいことに挑戦するのは、ある意味、賭けだって。
その話を聞いて、
「ああ……」
校長先生にも、その人なりの人生があるし、先輩方にも、それぞれの理由があるのかも。
人が自分と違う考えを持つのには、その人なりの理由があるのかも。
そんなことにやっと気づかされました。
「だったら、私は私のやろうとしていることの意味と、理由と、方法を、しっかり持てばいい。」
と、思ったけど。全然できません。だって
そんなことより、どうしても抑えられない想いの方が強くて・・・
自分の中の自分をガマンさせることができず・・・
結局走りながら考えるしかなくて。 今に至る・・・って感じです。