【DAY4「もう頑張らなくてもいいです」その言葉から始まった、私が自分を信じ直すまでの物語】

「もう頑張らなくてもいいです」

そう言われた日、私は初めて本当の意味で覚悟を決めました。

私が教師として赴任したのは、荒れていると言われていた中学校でした。

フィリピンのマニラ日本人学校での3年間の勤務を終え、戻ってきた私を待っていたのは、想像以上に厳しい状況でした。

やったこともない野球部の顧問。

生徒指導主事。

そして担任。

不安はありました。

でも同時に、「なんとかなる」とも思っていました。

当時の私は、生徒指導主事として、怖い存在になろうとしていました。

「悪いことは悪いと言う」
「決めたことは守らせる」

正しいことを伝えることが、自分の役割だと思っていました。

そんな中、ある朝、学校へ行くと校舎のガラスが57枚割られていました。

教室にはガラスが飛び散り、机の中、椅子の上、床の上にまで広がっていました。

生徒たちが登校するまでに何とかしなければならない。

必死で片付けているうちに、気づけば手は血だらけになっていました。

その後、全校生徒の前に立ち、私は状況を説明し、不安にさせてしまったことを謝りました。

これで終わると思っていました。

しかし、その時、一人の中学3年生の女子生徒が言いました。

「先生、もう頑張らなくてもいいです」

驚きました。

そして彼女は続けました。

「今までこの学校は良くなったことがない。私のお父さんの時も悪かった。おじいちゃんの時も悪かった」

「先生が頑張っても変わらないと思います」

「私は自分の進路のために頑張ります。先生は無駄な努力をしないでください」

その言葉は、私に大きな衝撃を与えました。

でも、不思議と逃げたいとは思いませんでした。

私は答えました。

「分かった。見ていてほしい。私はあきらめないから」

「協力してくれる人がいたら、力を貸してほしい」

あの時の私は、助けを求めたつもりはありませんでした。

でも、今振り返ると、私は一人ではありませんでした。

先生方は、それぞれの立場で支えてくれていました。

生徒たちは、少しずつ大きな声で挨拶をしてくれるようになりました。

保護者の方は、私が生徒ともめている時に間に入ってくれました。

当時の私は、「誰も協力してくれない」と思っていました。

でも、本当は気づいていなかっただけでした。

卒業式の日。

あのガラス事件の時の中学3年生が卒業しました。

最後の学活で、生徒たちは私に手作りのケーキと手書きの色紙をプレゼントしてくれました。

私は言葉が出ませんでした。

張り詰めていた心が、その瞬間に溶けていくようでした。

私は一人で戦っていたつもりでした。

でも、違いました。

支えてくれている人たちは、ずっとそばにいてくれました。

そして今、私は思います。

私は、ずっと誰かを信じたいと思っていました。

でも、本当はその前に、自分自身を信じることができていなかったのかもしれません。

手を差し伸べ、話を聞こうとしてくれる人がいたにもかかわらず、私はその手を素直に受け取ることができませんでした。

「そんな簡単に分かったようなことを言わないでほしい」

そんな思いで心を閉ざし、一人でも生きていけると思い込んでいました。

でも、私を変えてくれたのは、一見すると苦しい出来事に見えた経験でした。

事故。

失敗。

孤独。

思い通りにならない出来事。

それらは、私を苦しめるだけのものではありませんでした。

私に大切なことを教えてくれる出来事でした。

人は変われる。

それは、誰かに向ける言葉だけではありません。

自分自身にも向けられる言葉です。

以前、講演後に一人の青年が私の前に並んでくれたことがあります。

講演中、彼は私をじっと見つめていました。

正直に言うと、私は少し身構えました。

でも、彼が伝えてくれた言葉は、

「ありがとうございました。これだけ伝えておきたくて」

その一言でした。

私は答えました。

「伝えてくれてありがとうございます」

それしか言えませんでした。

でも、その後ろ姿を見ながら思いました。

「もう大丈夫」

「応援している」

そう心の中で願っていました。

私は、あの日の自分に今ならこう伝えます。

「下を向くな」

「両親は、お前を誇りに思っているんだぞ」

そして、あの時の私が今の私を見ることができたなら、きっとこう言うと思います。

「自分を信じてみよう」

人生は、過去を消すことはできません。

でも、過去にどんな意味を与えるかは、これからの自分で変えていくことができます。

人は変われる。 私はその言葉を、まず自分自身に向けながら、今も歩き続けています。