
「もう頑張らなくてもいいです」
そう言われた日、私は初めて本当の意味で覚悟を決めました。
私が教師として赴任したのは、荒れていると言われていた中学校でした。
フィリピンのマニラ日本人学校での3年間の勤務を終え、戻ってきた私を待っていたのは、想像以上に厳しい状況でした。
やったこともない野球部の顧問。
生徒指導主事。
そして担任。
不安はありました。
でも同時に、「なんとかなる」とも思っていました。
当時の私は、生徒指導主事として、怖い存在になろうとしていました。
「悪いことは悪いと言う」
「決めたことは守らせる」
正しいことを伝えることが、自分の役割だと思っていました。
そんな中、ある朝、学校へ行くと校舎のガラスが57枚割られていました。
教室にはガラスが飛び散り、机の中、椅子の上、床の上にまで広がっていました。
生徒たちが登校するまでに何とかしなければならない。
必死で片付けているうちに、気づけば手は血だらけになっていました。
その後、全校生徒の前に立ち、私は状況を説明し、不安にさせてしまったことを謝りました。
これで終わると思っていました。
しかし、その時、一人の中学3年生の女子生徒が言いました。
「先生、もう頑張らなくてもいいです」
驚きました。
そして彼女は続けました。
「今までこの学校は良くなったことがない。私のお父さんの時も悪かった。おじいちゃんの時も悪かった」
「先生が頑張っても変わらないと思います」
「私は自分の進路のために頑張ります。先生は無駄な努力をしないでください」
その言葉は、私に大きな衝撃を与えました。
でも、不思議と逃げたいとは思いませんでした。
私は答えました。
「分かった。見ていてほしい。私はあきらめないから」
「協力してくれる人がいたら、力を貸してほしい」
あの時の私は、助けを求めたつもりはありませんでした。
でも、今振り返ると、私は一人ではありませんでした。
先生方は、それぞれの立場で支えてくれていました。
生徒たちは、少しずつ大きな声で挨拶をしてくれるようになりました。
保護者の方は、私が生徒ともめている時に間に入ってくれました。
当時の私は、「誰も協力してくれない」と思っていました。
でも、本当は気づいていなかっただけでした。
卒業式の日。
あのガラス事件の時の中学3年生が卒業しました。
最後の学活で、生徒たちは私に手作りのケーキと手書きの色紙をプレゼントしてくれました。
私は言葉が出ませんでした。
張り詰めていた心が、その瞬間に溶けていくようでした。
私は一人で戦っていたつもりでした。
でも、違いました。
支えてくれている人たちは、ずっとそばにいてくれました。
そして今、私は思います。
私は、ずっと誰かを信じたいと思っていました。
でも、本当はその前に、自分自身を信じることができていなかったのかもしれません。
手を差し伸べ、話を聞こうとしてくれる人がいたにもかかわらず、私はその手を素直に受け取ることができませんでした。
「そんな簡単に分かったようなことを言わないでほしい」
そんな思いで心を閉ざし、一人でも生きていけると思い込んでいました。
でも、私を変えてくれたのは、一見すると苦しい出来事に見えた経験でした。
事故。
失敗。
孤独。
思い通りにならない出来事。
それらは、私を苦しめるだけのものではありませんでした。
私に大切なことを教えてくれる出来事でした。
人は変われる。
それは、誰かに向ける言葉だけではありません。
自分自身にも向けられる言葉です。
以前、講演後に一人の青年が私の前に並んでくれたことがあります。
講演中、彼は私をじっと見つめていました。
正直に言うと、私は少し身構えました。
でも、彼が伝えてくれた言葉は、
「ありがとうございました。これだけ伝えておきたくて」
その一言でした。
私は答えました。
「伝えてくれてありがとうございます」
それしか言えませんでした。
でも、その後ろ姿を見ながら思いました。
「もう大丈夫」
「応援している」
そう心の中で願っていました。
私は、あの日の自分に今ならこう伝えます。
「下を向くな」
「両親は、お前を誇りに思っているんだぞ」
そして、あの時の私が今の私を見ることができたなら、きっとこう言うと思います。
「自分を信じてみよう」
人生は、過去を消すことはできません。
でも、過去にどんな意味を与えるかは、これからの自分で変えていくことができます。
人は変われる。 私はその言葉を、まず自分自身に向けながら、今も歩き続けています。