
【 人を変えようとしていた私が、人を見ることを学んだ日】
教師になった頃の私は、
「生徒を良い方向へ導かなければならない」
という思いを強く持っていました。
だから、問題行動をする生徒を見ると、
「どうすれば変えられるだろう」
と考えていました。
ある女子生徒がいました。
中学生になってから反抗が始まり、
遅刻が増え、服装も乱れ、パーマもかけるようになりました。
私はその子のことが心配でした。
だからこそ、厳しく指導しました。
でも今振り返ると、私は彼女を見ていたようで、
本当には見ていなかったのかもしれません。
私は彼女を、
「歩く校則違反」
という存在として見ていたのです。
ある日、数名の生徒が遅刻してきました。
私はその生徒たちを廊下に並べて注意しました。
その中に彼女もいました。
その時、彼女はなぜか笑顔でした。
不思議に思い、先輩の先生に聞きました。
すると、こう言われました。
「いつも彼女ばかりを叱っていたからだよ。
今日はみんなと同じように叱られた。
それが嬉しかったんだと思う」
その言葉を聞いた時、胸を突かれました。
私は彼女を変えようとしていた。
でも、その前にするべきことは、
彼女を理解することだったのです。
彼女が言っていた、
「このクラスはおかしい」
という言葉。
その意味が、やっと分かりました。
彼女はきっと、
「私はちゃんと見てもらえているのだろうか」
と叫んでいたのかもしれません。
私は彼女を「問題のある生徒」として見ていました。
でも本当は、
悩み、
迷い、
認めてほしいと願っている、
一人の女の子でした。
この経験から、私は大切なことを学びました。
人は変えられない。
でも、人は変わりたいと思った瞬間から変わることができる。
だから私たちにできることは、
相手を無理に変えることではなく、
その人が「変わりたい」と思える関係をつくることなのだと思います。
人を変える前に、
まずその人を見る。
行動の奥にある心を見る。
今でも、私自身への大切な問いです。
振り返ると、当時の私は、
「正しいことを伝えることが、相手のためになる」
と思っていました。
正しいことを言うことが正義だと思っていたのです。
だから、相手の状況や気持ちよりも、
「何が正しいのか」
を優先していました。
時や場面が、その子にとって本当に受け取れるタイミングなのか。
その言葉を伝える自分自身が、本当にできているのか。
そんなことよりも、
「正しいことを言わなければ」
という思いが強かったのだと思います。
もちろん、目の前の子を何とかしたいという気持ちは本物でした。
でも、私は大切なことを見落としていました。
相手を変えようとする前に、
まず相手を知ろうとすること。
正しい言葉を届ける前に、
その言葉を受け取れる関係をつくること。
私は、正しいことを伝えることが、相手のためになると思っていました。
でも、今振り返ると、
正しさを大切にするあまり、
その人自身を見ることができていなかったのかもしれません。
人は、正しい言葉だけでは変わらない。
「この人は自分のことを分かろうとしてくれている」
そう感じた時に、
初めて自分自身と向き合い始めるのだと思います。
あなたは、誰かを「問題のある人」として見てしまっていませんか?
その人の奥にある、本当の気持ちを見ていますか?
そして……
あなたにも、
「正しいことを伝えよう」とするあまり、
大切な何かを見失った経験はありませんか?